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「埼玉県」

三峰神社
雁坂トンネルをぬけ、秩父方面へ進み三峰神社方面へ進むと小さなトンネル、トンネル内で分岐しているので、左折して二瀬ダム方向へ。
ダムサイトを渡って進むが、本当にこの道でいいのかと少し不安!
しかし、このあたりから神社への案内があるので、案内を信じて進む。
ダムを越え、三峰観光道路を登っていくと駐車場に到着する。
山梨市から約1時間30分で到着。
当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、
尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。

その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、
お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。

降って聖武天皇の時、国中に悪病が流行しました。
天皇は諸国の神社に病気の平癒を祈られ、三峯宮には勅使として葛城連好久公が遺わされ「大明神」の神号を奉られました。
又、文武天皇の時、修験の祖役の小角(おづぬ)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられています。
この頃から当山に修験道が始まったものと思われます。

天平17年(745)には、国司の奏上により月桂僧都が山主に任じらました。
更に淳和天皇の時には、勅命により弘法大師が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建て、天下泰平・国家安穏を祈ってお宮の本地堂としました。

こうして徐々に佛教色を増し、神佛習合のお社となり、神前奉仕も僧侶によることが明治維新まで続きました。

御祭神は伊弉諾尊・伊弉册尊で日本民族の始祖と仰がれる神さまです。

明治二年の神仏分離により寺院を廃して、三峯神社と号し現在に至る。



 
鳥居の入り口には狛犬ではなく山犬(狼)が向き合っていた。 鳥居を過ぎこの参道を登って行く。

 
参道を登り切ったところの右手に立つ日本武尊の銅像  左手にある三峰山の山門を下って、本殿、拝殿へ

 
拝殿正面、左右の注連縄がはってある杉の木が          とても綺麗な色彩の拝殿
樹齢800年と言われているご神木、パワースポットの由来か!

 
龍の彫刻が繊細で綺麗だった。                   江戸時代に造られた木造の灯篭

土産屋さんで、中津川いもで作った「いも田楽」を食す。
店の人の話では、奥社までの道のりは往復で2時間30分位との事
残念ながら今回は体調も良くなかったので奥社への挑戦は又、秋にする事にした。



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